このときの僕はまだ掃除が幸運をもたらすことなんて気がついていない。

 


朝、7 時に目が覚める。

 ドミトリーなので、周囲の人はみんな寝てて、物音を立てないように起きる。

 この辺が日本人らしさだなぁと思いながら、ドミトリーの奥にある共同のシャワーを浴びる。

ホットシャワーのはずが水が出る。

 まぁ、いい。眠気覚ましになって、ちょうどいい。

すっきりした。

 30 歳を過ぎて、まだ旅なんてしてる。

出会う人はだんだんと年下になってきた。

いろんなことを感じさせてくれる。

 頼むから敬語で話しかけないでくれ。

 昨日の夕食は、年長だからとおごらせてもらった。

 50元。

 かつて誰かにしてもらったことをここで返してるような気がする。

 700円くらいで、みんなにおごれるってスゴくない?

 右手から左手に。

 今日は休息日。

 長期旅行なんてやってる人、たくさんいる。

 別に普通だな。

 日本で暮らしてて、普通の毎日。

 なにか普通から逃げてみようとしても、どこに行っても普通は普通。

 特別もなければ、普通もない。

 ドミトリーに泊まる旅人、みんな年下。

年長バックパッカー、ちょっと気恥ずかしいなぁ。

もうちょっとリッチな旅をしてるはずの年齢なのかなぁ。

 『上海ベイビー』って本をアフロのアケミからもらう。

それを1日ベッドの上で読んで過ごす。トイレとメシ以外はベッドから降りない。

 こんなダラダラした日。

 夜になって、Barに行く。

 上海に住んでる元バックパッカーのライターが遊びに来て、みんなで
メシを食う。


 旅の話を延々とする。

 みんなでお互いに名前を付け合う。

彼は「チョージ」って名前になった。
なんのことはない姓が「村田」だから。

 それぞれの歩いてきた道、通ってきた旅路で持論を展開する。

 旅ネタの披露会になる。

 アホばっかやってきたやつは、一様に話がうまい。みんなネタを持っ
てる、必殺の。

 旅の行方を見失って、中国をさまよっていた奴が麻雀牌の『西』を拾
い、ただひたすらにしを目指す話。

 井上陽水がなんで『夢の中へ』って曲を作ったか?って話。

 (探し物はなんですか?見つけにくいものですか?カバンの中も机の中
も探したけれどみつからない…)

 明日は、アツシは次の場所、おそらく西安へ旅に出る。

 みなが必死で予定を変えようとする。

 「もう切符は買いました」 さすがだ。

 「そんなもん、破ってしまえ!だいたいお前、北京2日間で何が分か
る?そんなに先を急いでどうする?」


 みんなヘベレケで喋る。

 アツシのことを考え、彼のことを想っているようで、実はちっとも考
えていない。

 ただ面白がっているだけ(笑)

 かつて自分がやられたことをそのまんまやってんだ。

 真っ直ぐで目的も使命もある学生の旅人 アツシくんはきっと明日は
移動するんだろね。

そんな彼が羨ましくもあり、ええなぁ〜と思う。

 さて、寝るか。

 明日の最大のイベントはアツシの見送りやわ。

ドミ同室の旅人の見送り、明日の唯一の予定だ。


北京での一日 アツシの見送り


 誰かの為に何かをしてあげている。

 自分を犠牲にして、何かをしてあげる。

 何かを失うこと。

 自分さえ我慢してやっていれば、周囲はうまくいく…という思い上が
り。

 思い上がり。

 全部自分。

 自分を満たすこと。

 全て、自分。自分の為。

 「人の為」 と書いて 「偽」

夜明け前のベッドの上で、思考は絶え間なく動き続ける。


 みんなでアツシを北京西駅まで見送りに行く。

 直前まで、まだ北京で遊ぼうよぉ〜と誘惑し続けたが、アツシの前進
への堅い意思が揺るがず、西安へ向けて出発しちゃった。

 残された4人。

 なんの予定も行き先もない4人。

 顔を見合わせる。


 「どうする?」

 「どっか観光でもする?」(故宮もなんもみてない)

 誰からともなく…宿に帰って飲もうと決定♪

 京華飯店に帰り、ギター、太鼓を好き勝手に鳴らしながら、1本2元
のビールを飲みまくる。

 フランス人やらも一緒に飲む。

 酔いにまかせて、寝っ転がったら、青い空が見えた。

 いつの間にか、眠りに落ちて、気が付いたら12時だった。

 晩飯はアケミのおごりだった。

 さんきゅ。

 今日、チョージのギターに合わせてみんなで歌った歌。

 中島みゆきブルーハーツ尾崎豊ビートルズボブ・マーリー
 さっき聴いて、涙した歌
 ジャニス・ジョプリンサマータイム
 窓の向こうの庭から、アヒルの鳴き声がする。

 チョージはギターはうまいが、歌 ヘッタくそ(笑)


 部屋には蚊がおる。

 北京っていいね。

 隣のベッドのアケミからヘッドホンを借りて、ジャニスを聴きながら
寝る。

 朝、起きたときから、京華飯店ドミトリー3号室の日本人3人は頭お
かしかった。



 たぶん、昨夜飲みすぎたからだ。

 昨夜っちゅーか、昨日はずっと飲みっぱなしじゃん。

 アツシは旅立っちゃったね。

 なんか知らんが、部屋の大掃除が始まった。

 消えてて点かない電球を取替える。

 トイレ、シャワールームを流す。

 ゴミ箱を片付け。持ち物を整理整頓。ベッドのシーツもピンと張った。
 
ドクダミ荘のようだった3号室が見違えるようにきれいになった。

 「これでいつ日本人の女の子がドミに入ってきても大丈夫だぜ!」と笑いながら。

 そしたら、くされ無愛想だった中国人の服務員の2人がすっごく喜ん
でくれた。

 歌なんか歌いながら笑いかけてくれた。

 「俺ら、あほやなぁ。せんでもええ、掃除して、中国人を喜ばせて。あいつら、喜んでるんか、ばかにしてるんかしらんけど、まぁ俺らが気持ちええから、ええわなぁ」

その後、前門までバスで出掛けて、北京ダックっちゅーやつを食った。

 3人のアホはアホなりに、いろんな話をした。

 なんで戦争が起こるんやろな?靖国参拝ってどうよ?

 俺ら、大きなことはできんけど、今日やった掃除は俺らの中ではかな
り楽しかったな。

 なんかうれしかったなぁ。

 なんていいながら、北京ダックを食う。

 そして、一人で北京駅に行ってチケットを取った。




このときの僕はまだ掃除が幸運をもたらすことなんて気がついていない。